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現在使用している車両
6300形
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過去の車両

6000形
<路線紹介>
 都営三田線(通称6号線)は、板橋区の北西部に位置する西高島平から志村界隈、新板橋、巣鴨、春日、大手町、三田を通り、白金高輪からは東京メトロ(旧 営団)南北線と線路を共有した上で目黒までを結んでいる、都内を逆C字形を描くように走る路線です。
 1968年に巣鴨−志村(今の高島平)間が開通したのが始まりで、そこから順次延伸工事を続け、1976年に三田−西高島平間が開業、その2年後に6号線から三田線に改名されました。当時はステンレス車で抵抗制御の6000形が主力で、その中に10−000形試作車タイプも混じって運転されました(この10−000形は、新宿線が初めて開業すると仕様変更をした上ですぐに新宿線に移りました)。1993年になるとVVVF制御の6300形が投入され、1999年に保安装置がそれまでのATS信号から自動列車制御方式のATC信号に更新(翌年には自動運転方式のATO信号に更新)される事に伴い、車両は全て6300形に統一され、更新後の信号に対応できない、かつ老朽化した6000形は全て三田線から撤退し、一部が秩父鉄道や熊本電鉄、インドネシア国鉄PT-kai(現在のジャボタベック)に譲渡されました。翌年の2000年に目黒までが開通し、同時に東急目黒線と相互乗り入れを開始。そして三田線全駅にホーム柵が取り付けられ、運転方式もワンマン運転となりました。この目黒まで延伸するまでは、三田線の起点は未成線に終わった泉岳寺となっていました(現在は目黒が起点で、当初は三田から先は五反田まで浅草線と並走する計画がありました)。また、白金高輪―目黒間は東京メトロが管轄しているため、駅構造やサインシステムは完全に同社のものとなっており、まるでメトロ南北線に都営6300形が乗り入れているように感じることもできます。
 三田線は元々東武東上線と東急田園都市線と相互乗り入れを実施する計画があった上で建設が開始されましたが(運用的では上福岡―和光市―高島平―五反田―中央林間間の案がありました)、その途中で東武は営団有楽町線、東急は半蔵門線と乗り入れることとして計画が変更されたため、両社との直通運転の計画がいずれも立ち消えとなり、結果として工事が進んでいた高島平―三田間を双方と直通しないまま営業することとなりました。三田線の線路幅が1067mmであるのは、この東武鉄道に合わせる形にしたものです。
 なお、志村三丁目から西高島平間は地上区間であり、高島平までは建設ルートの計画が何度も変更されたため、比較的急なカーブが連続しています。車両基地は高島平に存在し、その一部が住宅マンションの真下に設けられており、そのマンションと車庫の一部が上下で一体化していることもこの線のユニークな点の一つと言えるでしょう。



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